ぼぎ子の恐怖図書館

好奇心には道徳がないのであります

死刑にいたる病 ネタバレ レビュー

少年・少女を恐ろしい方法で拷問して殺害する連続殺人事件の犯人から1通の手紙が届く。

猟奇殺人鬼の人生を明かす小説かと思いきや……哲学書📕死に至る病のメタファーだった。

サイコパスイケメンシリアルキラーに操られる快感!

オススメ:⭐️⭐️⭐️⭐️

     ※星の付け方については↓の記事をご参照ください

bogibogiko.hatenablog.com

 

ホーンテッドキャンパス」「烏頭川村事件」に引き続き櫛木理宇氏の作品を読んでます。

同じ猟奇殺人系で同様にキルケゴールから引用している我孫子武丸「殺戮に至る病」も既読ですが、私は今回の「死刑に至る病」の方が好みでした。

殺戮してバレたら死刑になるのでどっちも同じ病かも知れませんが。

新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫) 

 死刑にいたる病 (ハヤカワ文庫JA)

やっぱり櫛木氏は「ホーンテッドキャンパスシリーズ」よりもこういう陰惨な作品の方が輝きますね※個人の感想

 

 

『死刑にいたる病』(チェインドッグを改題) 作品概要

死刑にいたる病』(しけいにいたるやまい)は、櫛木理宇による長編サスペンス小説。

2015年刊行の『チェインドッグ』を改題の上、2017年にハヤカワ文庫JAにより文庫化された。(チェインドックは直訳すると繋がれた犬という意味だけど、どういうつもりでこのタイトルにしたのかは不明)

2022年には「凶悪」などで知られる白石和彌(しらいし・かずや)監督、阿部サダヲ主演で映画化。(PG12)

 

A6版の文庫本サイズで368ページの長編サスペンス。週末に5-6時間もあればうっとりと素敵なひとときが味わえます。

 

 

『死刑にいたる病』のあらすじ(ネタバレ)

目標や目的もなくFラン大学に通いながら燻(くすぶ)っていた大学生の筧井雅也(かけい・まさや)は、10代の少年・少女をターゲットにした連続殺人鬼で現在は死刑囚である榛村大和(はいむら・やまと)から手紙を受け取った。

そこには「罪は認める。しかし1件だけ冤罪がある。最後の1件を誰が行ったかを調べてほしい」という頼み事が書かれていた。

殺人事件を起こしたとはいえ中学生の頃に近所でパン屋を営んでいた榛村には、かっこよくて穏やか、誰にでも優しいお兄さんという良い印象しか残っていなかった雅也は、拘置所に赴き榛村と面会する。

「やるかやらないかは君の自由だ」という榛村の言葉に、雅也は独自の調査を開始することとなる。

 

榛村は24件の殺人容疑で逮捕された稀代のシリアルキラーだった。

榛村の弁護士助手という偽の肩書を装い、事件の関係者へ聞き込みを開始する雅也。

地元での榛村の評判、榛村の生い立ちを知る人物、事件の被害者、被害者の周囲の人物……。

 

捜査を進めるにつれて、榛村が想像以上に酷い幼少期を過ごし、今回の死刑判決を受ける案件以前にもおぞましい事件を起こして少年院に入っていたことが判明。その調査の過程で、雅也は自然に自信と落ち着きのある振る舞いができるようになり、上手くいっていなかった大学生活や就活にも余裕が出てくる。同時に榛村と同様に少女や少年を支配することに興味が湧いてくるのだった。

 

ある時、榛村へ調査の進捗状況を報告しにいった際に渡された資料の中から、雅也は自分の母親の写真を見つける。

実は雅也の母親と榛村は同じ人権活動家に養子として引き取られた過去があり、一時期同じ屋根の下に暮らしていたという意外な事実が明らかになる。

ことの始まりだった榛村からの手紙や、それらの事実から雅也は自分の本当の父親が榛村なのではと見込んで、面会時に榛村へ直接問いかけ、確信に至る。

 

自分の父親の冤罪を晴らすべく、ますます奮闘する雅也。同時に父親譲りの異常な小児性愛への衝動も抑えられなくなっていった。

 

そんな折に、過去の事件の被害者であり、冤罪の事件の真犯人と思われる金山一輝(かなやま・いっき)という男から「事件から手をひけ」という警告のメールが届く。真犯人と対峙する前に、真実を母の口から確認したいと思い、雅也は自分の父親が榛村であるかと母に電話で尋ねる。

答えはノー。妊娠したのは事実だが、相手は榛村ではない。その時の子供はすでに亡くなっているという事実を聞く。予想外の答えに困惑した雅也は金山に会って真相を直接聞くことを決意する。

 

金山は自身の体験をもとに「人の心の弱さを見抜き、自分だけを頼るように仕向け、人の心を支配するのが榛村のやり口だ」と雅也に言い、冤罪事件については間違いなく榛村が犯人だと言い切る。

さらに、榛村から手紙をもらったのは雅也だけではない、榛村は過去に目をつけていたけれど手出ししなかった獲物に向けて何十人にも同じ手紙を書いていることを告げる。

自分が選ばれた息子でもなければ、冤罪だということも嘘、全てが嘘だったことがわかり、すでに洗脳が解けた雅也。もう幼い子供を見ても何も感じなかった。

 

真実を知り榛村の支配から解放された雅也は拘置所で榛村と最後の面会をする。

幾つかの質問をし、榛村にとって今回の騒動は全てお遊びに過ぎないことだったと知った雅也は榛村に「さようなら」といい、拘置所をあとにする。

 

拘置所から出た雅也を、幼馴染であり同じ大学生の加納灯里(かのうあかり)が待っていた。二人は最近恋人同士になったばかりでこの後は水族館にデートに行く予定だった。

デートの道すがら灯里は嬉しそうに「小学生の頃からずっと雅也くんに憧れていた」と語り出す。「男の子はときどき揺さぶってみるといい」とある人からアドバイスをもらったと笑いながら話し、二人は幸せそうに去っていく。

 

拘置所では、弁護士の佐村が榛村の収監中の文通リストを開いていた。『筧井雅也』の名に二重線がひかれ、削除されたばかりだった。

リストには二十数人の名が連なり、上位には加納灯里の名も記載されていたのだった。

 

おしまい

 

 

想像以上の残酷描写。少女の顔面に思い切り体重をかけて…

死刑囚の榛村は人殺し、連続殺人鬼、猟奇殺人犯、子供殺し、秩序型殺人犯、演技生人格障害者、鬼畜、異常者、怪物…とたくさんの通称があり、正真正銘のサイコ野郎です。

殺した人間の数は自分でも覚えておらず、立件できただけでも24件の殺人容疑で逮捕されています。

基本的に甘言で少年少女を騙して自宅に連れ込み、暴虐の限りを尽くして拷問し、なぶり殺すというのが彼の手口です。

雅也が事件の関係者へ聞き込みを進めるにつれて、榛村の残虐な行為が明らかになります。

 

犯人が少年・少女を拷問して殺す描写が恐ろしく、拷問系に耐性のない私(映画『ホステル』『マーダーズ』でギリギリ)には心臓が縮み上がるような文章が続きます。

 

強姦した少女の🙆‍♀️部に石を詰めて殴りつけ、顔面に思い切り体重をかけてジャンプ!(セロリが折れるような音が聞こえて怖い)眼球破裂に顔面陥没をおこした少女は、その後人間不信のまま生き延び……とか、(映画『ハンニバル』に出てきそう)小さな男の子を誘拐し拘束、指の骨を全部折る、爪を剥がす、足の指を切断する、ご飯の代わりに己の❌❌❌(『セブン』かよ)……

と、悪魔の所業でやりたい放題。読んでいて思わず「うわっ」と声が出ました。

 

前述の「殺戮に至る病」(我孫子武丸にも、女性なら下半身がヒュッとするような残酷表現がありましたが、これは幼い子供が生きたままやられているということで、読んでいてかなり陰鬱になります。(褒言葉)

 

流石にハンニバル・レクターは越えないが、死刑囚の榛村大和が魅力的

しかし、憎たらしいのが、この凶悪犯、生い立ちを知れば知るほど魅力的な人物なのです。

榛村はもともと小学校の先生が感心するような頭の良い子でした。顔も美形で賢いとなると普通の子供より恵まれていそうなんですが、そうは問屋が卸さなかったのか、角ある獣に上歯(うわば)なしというか、母親が……家庭環境がヘヴィだった。

この母親というのが頭も緩いがアソコも緩いという猥りがわしい女で、シングルで榛村を出産した後は男をとっかえひっかえ家に連れてきては同棲します。

そしてお決まりの、アメリカ映画でいう納屋で養父に皮ベルトで殴りつけられるか、神父にイタズラされるかのパターンです。

何度か父親が変わるうちに、とうとう榛村自身も暴行の事件を起こします。

それがきっかけで少年院に入った榛村の存在を持て余した実母から、奇跡的に人権活動家の元に里親に出され、そこで紳士的な振る舞いを学びます。

 

この辺あたりですでに頭の中では、残虐な猟奇殺人鬼だった榛村が「不幸な人生を歩んできた努力家の男性」に変換され、おまけに顔が良くて頭が良くて紳士的に厚生したとなったら、もうこれはモテないわけがない。

男も女もみんなが厚生した榛村の魅力に魅了されてしまいます。

 

榛村の不幸な生い立ちに地獄を覗き見るような不道徳な面白さがあり、端正な顔立ち、柔らかい物腰、明晰な頭脳。こんな人物に褒められ、アジられ、洗脳される快感。流石にハンニバル・レクターを超えるとは言わないけれど、私の中では悪の教典貴志祐介)のハスミンは越える逸物になった榛村大和でした。

 

櫛木理宇氏は以前にホラー小説を書くきっかけとなった本に『現代殺人百科』コリン・ウィルソンを挙げていましたが、なるほど、本書には世界の名だたるシリアルキラーの名前が出てきます。

洗脳といえば日本では北九州事件尼崎事件が有名ですが、日本人のシリアルキラーについては小平義雄(こだいらよしお)ぐらいしか出てこなかったのは少し意外。

 

 

 

雅也はキルケゴール死に至る病)で解説された絶望を歩んでいる

この小説は、雅也の葛藤や事件の解明の過程で描かれる心理戦やサスペンスが魅力の一つです。

読者は、雅也が真相に辿り着くために果たす役割や、彼の内面の闇との闘いに引き込まれることでしょう。

 

この雅也の心の葛藤こそが、キルケゴール死に至る病で解説した絶望を辿る行程でした。

死に至る病」少しだけ解説すると、哲学者キルケゴールは、自分が自分である責任を放棄してしまうこと(現実逃避)「絶望」と定義し、その「絶望(現実逃避)」にも幾つかの種類があるといいました。

小説を読んでいると主人公の雅也が何種類かの絶望パターンに陥っている状態が確認できます。

 

(´ω`)「知らない絶望」…自分が絶望であることを知らない。動物が絶望しないのと同じく何も考えていない状態。

🟰神童と誉めそやされ有頂天になっている雅也の幼少期

 

(´ω`)「弱さの絶望」…幸運に見放された自分に絶望して現実逃避する状態と自分の弱さにムカついている。🟰物語前半の大学で燻っている雅也

 

(´ω`)「強さの絶望」…周りを見下し、人の意見を聞かない傲慢な態度です。世の中が理解してくれないのは、自分のレベルが高いからだと主張しながら頑固に屁理屈をとなえて生きる絶望状態。🟰物語後半、虎(殺人鬼)の威をかる雅也

 

そして、最後は(´ω`)「罪としての絶望」

 

キルケゴール罪は、それが神の前にあるからこそ罪であると言っています。

神の前にあるから罪は罪であるという主張は誤りであり、罪、そして自己が神の前にあるからこそ、罪は罪である。と。

ここまで読んでサイコパスには「神」がいないのではないかと思いました。だから「罪」の意識がない。

また、いつでも自分の姿から目を逸らさずにいるから「絶望」の状態でもない。ニーチェでいう超人状態ですかね。

しかし、それが法律や道徳で縛られた人間社会で生きる榛村にとっては「死刑に至る病」になってしまったのではないか。素晴らしいタイトル回収。

 

これは完全に個人の感想です。すみません。

 

ともあれ雅也はこのような恐ろしい状態に陥る前に幼馴染で同じ大学の灯里に今の自分はどう見えているか客観的に聞くことにより、危機一髪、自分を取り戻すことができます。

 

 

どんでんの返し返し!

この物語には読み始めから読者にも提示される謎がいくつかあります。

  1. どうして榛村は中学時代から交流のない雅也へ手紙を送ってきたのか?
  2. じゃあ冤罪の犯人は誰か?どうして殺したのか?

物語後半にこの辺が明らかになったのも束の間、大きなミスリードの仕掛けがあり、一旦箱に収まったおもちゃがまた飛び出すかのように物語が展開していきます。

ここがとにかく気持てぃい。スマートで収まりのいいオチにごまかされそうになっている自分がいるのを発見します。

なるほど、そうだったのか!……と思ってからのウッソピョーンピョーーーーン🐰

そこまでやるか!?と最後まで気が抜けない。

 

人によってはラストがイヤミス(後味の悪い作品)になるのかもしれない(私?ぜんぜん!むしろ大和もっとやれ!)

最終的な感想としては

囚人面会の内容を記録しているはずの刑務官、仕事しろ!!!

 

気持ちよく騙されてスッキリ!おすすめのホラーミステリです。

 

 

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