ぼぎ子の恐怖図書館

好奇心には道徳がないのであります

魑魅魍魎の世界 浮世絵は素晴らしい

眺めているだけで時間が過ぎていく

日本人は昔から血みどろ、幽霊、妖怪、怨霊が好きだった

浮世絵愛好家じゃなくても楽しめる一冊。

オススメ:⭐️⭐️⭐️⭐️

     ※星の付け方については↓の記事をご参照ください

bogibogiko.hatenablog.com

 

作品概要

 

作者 中右 瑛

出版社 里文出版

発表時期 2005年 (初版 昭和62年)

ページ数 130ページ

 

備考 

ページ数こそ少ないが紹介されている作品が素晴らしく、眺めているだけで時間が過ぎていく。

 

 

美術館は混んでて疲れるから、家で専門書を読んでなんちゃって美術館!

 

ブックオフトロール中になんとなく手にとった一冊。表紙のガシャ髑髏が恐ろしかった。

江戸時代に書かれた血みどろ、幽霊、妖怪退治などなど、美しさとは真逆の魑魅魍魎の世界を描いた浮世絵師たちについて7章に渡って解説、紹介している本だ。

 

神戸在住の浮世絵コレクターの作者(中右瑛氏)が、美術月刊誌に連載していた記事に加筆したものらしい。葛飾北斎歌川国芳国貞、月岡芳年など、有名な絵師を取り上げており、大きなカラー写真と、作品についての説明が細かく記載されている他、江戸時代の浮世絵ブームについての時代背景や解説なんかもあり、初心者向けの内容だった。浮世絵に詳しくない私でも十分に楽しめそうなので買ってみた。

 

近年はホラーやオカルトなどのサブカルと言われていた展示会にも人が増えていて、都内で開催される「怖い絵展」「世界の呪物展」などに足を運ぶと、人の波に揉まれてゆっくりと作品を見ることができないどころか、グッタリと疲れてしまう。(都心はとにかく休憩だけでも金がかかる)

ここは、「怖い浮世絵」の展覧会に言ったつもりで休日にゆっくりと本書を読み込んでいこうと決めた。

 

途中で関連作品などを調べながら、じっくりと3時間ほど本書を眺めたが、実に有意義な週末となった。

 

7つの章からなるエロ・グロ・ナンセンスな浮世絵

浮世絵とは、江戸時代から大正時代にかけて描かれた風俗画のことを指す。

題材は当時の町人が興味のあった遊女や役者、景勝地や世間を賑わせた事件など。

室町文化南北朝文化など貴族が栄えた時代に気品のある雅な文化はピークを迎え、

その後は公家文化と武家文化が融合しつつ、近代につながるデカダンスへと続いている。

 

デカダンス文化とは

芸術におけるデカダンスとは退廃的なという意味。病的で享楽主義的文芸の風潮を指す。エロ・グロ・ナンセンスな小説が大好きな私にはうってつけの言葉だ。

デカダンスと呼ばれるこれらの文化には恐怖映画やオカルト、ショッキングやミステリアスな作品が含まれるが、これらが定期的に大流行を起こしているという。確かに、私が生きている間だけでも1999年近辺のノストラダムス予言や心霊写真、UFOなどのオカルトブームが記憶に新しい。近年も事故物件や心霊動画など、新たなコンテンツが発掘されつつ、ブームを形成している気がする。

 

浮世絵の変遷

江戸時代の化政期(1804〜1829頃)とはデカダンスの始まりと言われているらしい。江戸幕府は11代徳川家斉(いえなり)。知らん。

大奥では豪華絢爛な遊興生活がつづき、幕府は大いに緩み下層町人の生活まで潤し、爛熟した町人文化が発生。芝居や浮世絵、遊里や出版界などが隆盛を極めた時代だ。

鶴屋南北東海道四谷怪談はこの頃生まれ、お岩さんの芝居は江戸で大いにウケた。

 

その後、高成長のあおりで破綻した幕府は天保の改革と称し、大老水野忠邦贅沢禁止令をしき、芝居や出版物などさまざまなものを禁止にする。

滝沢馬琴南総里見八犬伝や中国から水滸伝が伝わるなど、町民も多く本を読む時代だったが、禁止されたため、町人の怒りは幕府への風刺画や、国に反抗する水滸伝の演劇や刺青などの人気に拍車をかける結果に。

ちなみに、時代劇で有名な「遠山の金さん」はこの時期に実在した御奉行様で、本当に桜吹雪の刺青を入れていたかはわからないが、次々と廃業に追いやられる芝居小屋を郊外に移転するなどの妥協案を提示したため、庶民からは話のわかる奉行様だと言われていたらしい。

またまた蛇足だが、「水滸伝」なら北方謙三氏の水滸伝がダントツに面白いからおすすめ。

熱き好漢たちの世直し物語。涙と興奮なしでは語れない……。

 

 

幕末明治維新の頃になると残虐な殺戮やサディズム、死を賛美する風潮になる。

小説でいうなら耽美派のような、死に陶酔するような作品が増える。

ここからが狂気の月岡芳年(つきおかよしとし)無双。

本書には彼の最終雅号である大蘇芳年(たいそよしとし)として紹介されていたが、

ホラー、オカルト界隈では無惨絵の書き手として知られる、またの名を「血まみれ芳年

浮世絵の需要が低下する明治の時代において、最も成功した浮世絵師であり「日本最後の浮世絵師」とも呼ばれる。

 

各章のタイトルとあらすじ

 

第一章 冒険ロマン・妖怪とヒーロー

 源頼光酒呑童子討伐から、茨木童子の戻り橋や復讐劇、戸隠山の紅葉伝説。浅茅が宿滝夜叉姫の妖術。

 日本の昔話や古典が好きならどこかで見聞きしたことがあるような作品の一場面が描かれている。有名な作品が多い。

表紙の大きな髑髏は有名な歌川国芳の作とは知っていたが本書によると、これは百鬼夜行などの妖怪絵ではなく、平将門の娘、滝夜叉姫の物語の挿絵「相馬の古内裏」という作品だった。

鮮やかな色彩と小粒の登場、対照的に大きくモノトーンの髑髏の構図が恐怖と圧力を感じる。スバラシイ!

 

第二章 ブラックユーモア・幽霊と妖術芝居

四谷怪談皿屋敷牡丹灯籠児雷也豪傑物語

ホラー好きなら日本の三大怪談を知らぬものはモグリである。ここは押さえておこう。

葛飾北斎の描いた皿屋敷のお菊の首が皿になっているというのがシュールだった。

 

第三章 平家物語に登場する怨念

 日本三大怨霊の崇徳院平清盛の幻覚、鵺退治。滝沢馬琴八犬伝の、前に書いた「頼豪阿闍梨、大鼠と化す」という作品は知らなかったので面白かった。

 

第四章 血みどろバイオレンス・殺しの美学

 英名二十八衆句・魁題百撰相

 はいきた!ここ重要よ!テストに出るよ。昭和の絵師、丸尾末広花輪和一による「無惨絵」にインスピレーションを与えたであろう月岡芳年(大蘇芳年の作品が解説有りで見られたのはかなり良かった。

 

第五章 嗜虐趣味・サディズム

 「三国妖狐伝」より妲己の残酷な振る舞い

 

 個人的には中国の残酷絵としては悪女呂雉による豚人の刑の顛末を描いた

菊池容斎呂后斬戚夫人図」というのが一番恐ろしいと思っているので、本書で紹介されていなかったのは残念だった。

 

第六章 裸身に咲くアダ花・刺青

 水滸伝刺青の流行

 いつの世も若者はアウトローに憧れる

 

第七章 百鬼夜行・地獄極楽・寓意の狂画

 河鍋暁斎の風刺画

 

まとめ

個人的には怪談をモチーフにした第二章や、無惨絵に繋がる第四章を熟読したが、全体を通してとても興味深く面白い作品が多かった。

やはり日本人は昔から怪奇なものが好きだったとわかり、なんだか安心した。

 

下の2作品は特に気に入ったもの。

盛者必衰の理、平家物語源氏の亡霊に囲まれている幻影を見る平清盛

もともと風景画を得意とする歌川広重の描く雪の庭園に無数の骸骨が連なっている様子が恐ろしくも美しいと感じてしまう。ロマサガ風味があって良き。白と水色と灰色、差し色の赤は銅のような赤鼠色なのもオサレ。

清盛が恐れずに刀を抜いて攻撃的なのも良い。

「安達がはらひとつ家の図」の縦2枚絵。ともに妊婦や鬼婆が出てきて内容が似ている浅茅が宿と混同しやすい。

猿轡をされた妊婦の苦悶の表情。重く白い腹と赤い腰巻き。それと対比するように醜い婆の姿。……うーん。マンダム。これはずっと見てられる。

安達がはらひとつ家とは

京都の公卿の姫の乳母であった岩手という女性(婆)。

姫が重い病気になり、妊婦の生き肝を飲ませば治ると易者から聞き、安達ケ原の岩屋まで足をのばす。木枯らしの吹く夕暮れとき、妻が身重の若夫婦がやってくる。夫が産婆を探しに家を出たとき、岩手は出刃包丁を振るい妊婦の腹を裂き、生き肝をとろうとする。

妊婦は苦しみながら「京都で、幼い頃別れた母を探し旅していたが会えなかった…」と無念を告げ息をひきとる。

ふと見ると見覚えがある守り袋がある。実は妊婦は昔別れた岩手の娘だった。あまりの驚きに気が狂い鬼と化す。これ以後宿を求めた旅人を殺し、生き血を吸い「安達ケ原の鬼婆」として広く知れ渡る。

 

こういった専門書は普段あまり手に取ることがないが、創作のネタ探しや、知識を深めるという観点からは大変に有意義な本だったと思う。

都心に疲れに行かないでも済んだというのも大きい。お家美術館おすすめ。

月岡芳年の知らない作品がまだまだあることがわかったので、今後、芳年の専門書があれば見ていきたいと思う。